
その214(2025年4月号)
- お医者さんで「やせ薬」を出してもらえると聞いたのですが。
- 肥満で処方される薬剤として有名なのがGLP-1作動薬という種類の薬です。本来は糖尿病治療薬として開発された薬剤です。SNSの影響でやせ薬として有名になってしまいました。副作用等のリスクもあるため、安易な使用には注意が必要です。
やせ薬ってホント?
GLP-1作動薬と言われるグループの薬剤が最近やせ薬として注目を集めています。やせ薬として処方されるケースもありますが、基本的には糖尿病の薬です。注目を集めた背景には堀江貴文氏やイーロンマスク氏などの著名人による情報拡散があり、日本だけでなくアメリカや中国でも注目を集めた結果、美容目的の需要が急増し、治療目的の薬が不足する事態が引き起こされました。
また、薬の不足だけでなく、副作用のリスクにも着目が必要です。美容目的で処方された場合は適応外使用となり医薬品副作用救済制度の対象にならない可能性があります。重大な副作用としては低血糖や急性膵炎が報告されており、制度に則った安全な使用が推奨されます。

GLP-1作動薬とは
開発の経緯
GLP-1はヒトの小腸から分泌されるホルモンの一種として発見されました。その作用は食後に血糖値を下げるホルモンであるインスリンの分泌を促し血糖値を下げるものです。糖尿病治療薬の有力候補として1980年代には注目を集めていました。しかし、体内で速やかに分解されるため実用化はできませんでした。1990年代になってイーライリリー社(アメリカ)が体内で分解されにくいGLP-1作動薬としてエキセナチドを開発しました。エキセナチドは1日2回の投与が必要であり、副作用の発現頻度が高いなどの問題点が指摘されており、そのため広く普及するには至りませんでした。そこから30年以上の期間を経て、2017年にノボノルディスク社(デンマーク)が週1回の注射で効果が期待できるセマグルチドの開発に成功しました。セマグルチドの誕生により糖尿病治療に新たな選択肢が生まれました。効果
GLP-1作動薬は強力な血糖降下作用を発揮します。「血糖値を下げるホルモン(インスリン)の分泌促進」、「血糖値を上げるホルモンの分泌抑制」、「胃の動きを遅くする」などの複合的な作用が強力な血糖降下作用の要因です。血糖値を下げる効果は血糖値が高い時だけ働くので低血糖になりにくいことも強みです。また、この薬は単純に血糖値を下げる効果だけではなく心不全、脳卒中を予防する効果も確認されています。また、注目されているのは痩せる効果です。平均して10%以上の体重低下効果が臨床試験で確認されています。副作用
副作用は消化器系の副作用が主になります。気持ちが悪くなる、食欲不振、下痢や便秘腹痛になる可能性もあります。副作用を辛く感じる方も多く、途中で中止する人が多い薬です。米国での調査では開始から3ヶ月時点で26.2%、1年後で36.5%の方が使用を中止しました。適応外使用のリスク
GLP-1作動薬を美容上の目的で使用する場合、「医薬品副作用被害救済制度」の補償対象外となる可能性があります。本制度は、医薬品が適正な使用目的に従って使用された場合に発生した健康被害のみを対象としているためです。医薬品副作用救済制度は副作用により入院治療が必要になるほど重篤な健康被害が生じた場合に、医療費や年金などの給付を行う公的な制度です。このようなリスクがあることもしっかりと理解しておく必要があります。

供給の逼迫
2023年末、GLP-1作動薬は供給を上回る需要のため、患者さんに届きづらい事態に陥りました。これは美容目的の需要が急増したためです。冒頭でも紹介した通り著名人が「やせる」目的で使用していることをSNSで発信したことが要因です。この事象は社会的および倫理的議論を喚起しました。「お金さえ払えば、限られた医療資源の安定供給を脅かしても良いのか?」「経済的な利潤の追求は社会正義、道徳よりも優先すべきことか?」
日本が誇る公平公正な医療保障制度を守るために、国民全体で考えるべき事案です。
