今月のくすり問答

薬の飲み方Q&A
その185(2022年11月号)
Q
医薬品の原料に植物由来の成分が多いのはなぜでしょう?
A
植物は動けないので、簡単に動物に食べられてしまいます。植物は動物に食べられないように毒を作ります。毒は適量を用いることで薬になります。トリカブト、ヒガンバナ、チョウセンアサガオなどの毒草も医薬品の原料として利用されています。

なぜ植物は薬になるのか

植物の「動かない」という生存戦略の結果です。
植物と動物は真逆の生存戦略を選びました。動物は捕食者の脅威、寒さ、暑さ、乾燥などの環境から身を守るために「動く」ことで対応します。一方の植物はこれらの脅威に対して、体内で化合物を作り出して対応します。
一例として真冬の寒冷への対応をご紹介します。植物も動物と同様に細胞が凍結すれば死んでしまいます。でも、動物の様に暖かい場所に逃げることはできません。植物は体内の化合物を変化させて凍結に対応しています。気温が下がり始めると植物は大量の糖、アミノ酸などを作り出します。その結果、凝固点効果が起こります。凝固点効果とは沢山の物質が溶けている液体は凍りにくいという現象です。この現象により細胞を凍結から守っているのです。
冬の野菜はわざと寒さにさらします。そうすることで、糖やアミノ酸が増えて美味しくなります。ほうれん草、小松菜、白菜が有名です。

毒は適量を用いることで薬になる

「寒冷などの環境」以外にも植物の大敵がいます。それは害虫や捕食者です。これらの脅威への対応は主に「毒」です。体内に「毒」を作り出し、寄生や捕食を防ぐのです。人類が主に薬として利用するのは植物が作り出す毒です。毒の特徴はわずかな量で生物に大きな影響を及ぼすことです。
この特徴はそのまま薬にも当てはまります。有名な毒草として「トリカブト」が知られています。実際に食中毒事件も起きています。トリカブトの毒性は主として「アコニチン」という化合物によるものです。その効果は「心臓発作」、「呼吸困難」などで致死的です。このように危険なトリカブトですが、漢方薬の成分としても有名です。毒は適量を用いることで薬になるのです。
植物は動けないからこそ、動物では考えられないほど多種多様な化合物を生み出して、環境に適応しています。多種多様な環境、生物が存在すれば、その分だけ多様な化合物を作り出す植物がいるのです。

健康で幸福な未来のために

このように植物の作り出す化合物は薬として非常に有益です。過去30年に開発された医薬品の半分は植物などの天然物から創り出されました(※1)。
地球上には約20万種類の植物が存在するといわれています。それらの植物が含んでいる化合物の総数は100万種類を超えます。人類が医薬品を創り出すために調査できた植物由来の化合物はまだ10%に過ぎません。残りの90%はいまだに未知です(※2)。残りの90%の中には素晴らしい薬のタネが眠っているのかもしれません。

人類の健康のために貴重な植物ですが、大量絶滅の危機に瀕しています。日本に生息する植物種約7000種のうち約1700種が絶滅の危機に瀕しているといわれています(※3)。これは人為的な原因によるものです。地球温暖化、乱開発、乱獲、外来種の侵入が大きな原因です。我々は自分たちの健康で幸福な未来のために、生活習慣を見直し、環境保全に取り組む必要があります。


【参考文献】
  • ※1 J. Med. Chem., 51, 2589–2599 (2008): Most cited Paperin 2008
  • ※2 ※3 植物はなぜ薬を作るのか(文春新書)斉藤和季